育児をしているつもりだった僕が「受け身だった」と気づいた話|生後9か月の今、変えたこと

パパ育児

こんにちは、こなパパです。

息子が生後5か月になった頃、父親として一つ大きく反省したことがありました。

それは、

「自分では育児をやっているつもりだったけど、実はかなり受け身だったんじゃないか」

ということです。

僕も何もしていなかったわけではありません。

オムツを替える。ミルクをあげる。抱っこする。お風呂に入れる。息子と遊ぶ。

妻から何か聞かれれば、一緒に考えることもありました。

だから当時の僕は、「自分もちゃんと育児をしている」と思っていたんです。

でも振り返ってみると、僕がやっていたのは目の前に見えている育児が中心でした。

その裏側にある、

気づく。調べる。考える。準備する。

という部分を、かなり妻に任せていました。

この記事を書いてから約4か月。息子は9か月になりました。

今では妻と同じように何でも先回りして気づけるのかというと、そんなことはありません。

今でも妻の方が先に気づくことは多いです。

だから僕は、自分に見えていること、自分ができることは指示を待たずに引き受けるようになりました。

今回は、生後5か月の頃に気づいた「受け身の育児」と、その後実際に変えたことを書いてみます。

育児には目に見えない「考えること」がたくさんあった

赤ちゃんとの生活が始まってから、育児には想像していた以上に「考えること」が多いと感じています。

オムツを替える。

ミルクをあげる。

お風呂に入れる。

こうしたことは目に見えるので、「自分も育児をしている」という実感があります。

でも実際の育児は、それだけではありません。

赤ちゃんの身体を見て、いつもと違うところはないか。

次の健診や予防接種はいつなのか。

離乳食はどう進めるのか。

ミルクはあとどのくらい残っているのか。

オムツのサイズは今のままでいいのか。

家族で出かけるなら、授乳やオムツ替えができる場所はあるのか。

一つひとつは小さくても、こうしたことが次々と出てきます。

そして、誰かが気づかなければ動かないことでもあります。

当時の僕は、この部分をあまり意識できていませんでした。

僕がやっていたのは「目の前にある育児」が中心だった

たとえば、僕はオムツを替えていました。

でも、

「最近少しきつそうだから、そろそろサイズを変えた方がいいかな」

と先に考えていたのは妻でした。

ミルクもあげていました。

でも、「あとどのくらい残っている?」と在庫を気にしていたのも妻。

家族で出かけるときも、授乳室やオムツ替えスペースがあるかを先に調べてくれていました。

離乳食についても、

「そろそろ準備した方がいいかな?」

と妻から話が出れば、僕も一緒に考えます。

でも妻は、その会話をする前から**「そろそろ考える時期だ」**と気づいていたんです。

僕は妻から話を振られて、そこから考え始める。

ここに大きな違いがありました。

「聞かれたら考える」だけでは、一緒に背負えていなかった

妻から、

「次の予防接種どうする?」

「そろそろ離乳食の準備した方がいいかな?」

と聞かれれば、僕も考えます。

以前は、それで一緒に育児をしているつもりでした。

でも、その会話が始まるまでに妻は、

必要なことに気づく
→忘れないようにしておく
→調べる
→予定を確認する
→選択肢を考える
→僕に相談する

というところまで進んでいたこともあります。

元の記事を書いたとき、僕は「自分が参加していたのは最後の部分だけだったことも多い」と振り返っていました。

育児の「作業」には参加していても、それを回すための「気づく・調べる・考える・準備する」では受け身だった。

このことに気づいたとき、

「自分が思っていたほど、妻と一緒に育児の負担を背負えていなかったのかもしれない」

と思いました。

「何かやることある?」も妻に考えてもらう言葉だった

以前の僕は、

「何かやることある?」

と妻に聞くこともありました。

自分としては「できることがあるならやるよ」というつもりです。

でも今考えると、これも受け身でした。

「何かやることある?」と聞かれた妻は、

今何が終わっているのか。

次に何をしなければいけないのか。

その中から僕に何を頼むのか。

そこまで考えなければいけません。

つまり僕は、「何をやればいいか考えること」まで妻に任せていたとも言えます。

もちろん、本当に分からないときには確認します。

でも、

オムツが少なくなっている。

洗濯物が残っている。

そろそろお風呂の時間。

そんな自分でも分かることまで、妻から指示される必要はありません。

今は、

「聞く前に、自分で見て動けることはないか」

を考えるようになりました。

「妻の方が詳しい」に甘えていた

もう一つ、受け身になっていた理由があると思います。

それは、妻の方が育児について詳しいことに甘えていたことです。

妻の方が分かっている。

分からなければ妻に聞けばいい。

妻から話が出たら、そのとき一緒に考えればいい。

知らないうちに、そんな状態になっていました。

でも、それでは妻の方が詳しい状態はずっと変わりません。

分からないから妻に任せるのではなく、分からないからこそ自分でも調べる。

生後5か月の頃、このことを強く意識するようになりました。

夜勤があるから「50:50」ではなく、自分にできることを引き受ける

僕は介護士として働いていて、夜勤もあります。

夜勤の日は家にいませんし、仕事から帰れば疲れている日もあります。

そのため、夫婦で育児も家事もすべてきっちり50:50にすることが正解だとは思っていません。

元の記事でも、「作業量を完全に同じにすることより、妻だけが育児について考え続ける状態にしないことが大切なのでは」と書いていました。

この考えは今も変わっていません。

僕がいない時間に妻がやってくれていることがある。

だから、自分が家にいるときには、自分からできることを引き受ける。

仕事をしているからといって、

「育児のことは妻の方が分かっているから」

と考えるところまで任せない。

そこは意識しています。

生後9か月の現在|全部には気づけない。だから、できることは自分からやる

この記事を最初に書いたのは、息子が生後5か月の頃でした。

それから約4か月。

では今、僕も妻と同じくらい何でも先回りして気づけるようになったのか。

正直、そんなことはありません。

息子の細かな変化や、これから必要になることについては、今でも妻の方が気づくのが早いです。

だから最近は、妻と同じように何でも気づこうとするだけではなく、自分に見えていること、自分が担当できることを率先して引き受けるようにしています。

たとえば、

  • オムツやミルクの在庫を確認する
  • お風呂や寝かしつけをする
  • 離乳食を食べさせる
  • 出かけるときは自分から行き先を提案する
  • 料理以外の家事はできるだけ引き受ける
  • 夜は自分が息子を見て、妻にまとまって寝てもらう

こうしたことです。

もちろん、毎日すべて完璧にできるわけではありません。

それでも、

「妻から言われたらやる」から、「自分にできることなら先にやる」へ。

ここは、生後5か月の頃と比べて変わったと思います。

「手伝う」ではなく、最初から自分の育児だった

考え方が変わったこともあります。

それは、

「妻の育児を手伝う」

という感覚です。

息子は僕の子どもでもあります。

妻がやっている育児を僕が手伝うのではなく、最初から僕自身にも役割があります。

僕が離乳食を食べさせるのも、寝かしつけるのも、夜に息子を見るのも、家事をするのも、

妻を「手伝っている」のではありません。

自分の家庭で、自分がやるべきことをやっている。

今はそう考えるようになりました。

まとめ|全部に気づけなくても、指示を待たずにできることはある

生後5か月の頃、僕は育児をしているつもりでした。

実際に、オムツも替えていたし、ミルクもあげていた。抱っこもお風呂もしていました。

でも、その裏側にある、

気づく・調べる・考える・準備する

という部分を妻に頼っていました。

そこに気づいてから約4か月。

今でも妻の方が先に気づくことは多いです。

僕が急に、何でも先回りできる父親になったわけではありません。

それでも、オムツやミルクの在庫、お風呂、寝かしつけ、離乳食、夜の育児、家事など、自分から引き受けることは増えました。

夫婦で家事や育児を完全に50:50にすることが正解なのかは分かりません。

でも、

「気づけないから任せる」のではなく、「自分に見えていることまで相手の指示を待たない」。

それなら僕にもできます。

以前の僕は、

「何かやることある?」

と聞いていました。

今は、

「自分で見て、今できることはないか」

と考えるようになりました。

全部に気づけなくても、自分にできることを自分から引き受ける。

今はそれを続けていこうと思っています。

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